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27 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日: 2010/03/05(金) 21:31:19.46 ID:mgelUf660
彼との結婚を私(25歳)の父と母は猛反対していました。
彼は昔両親を亡くして、祖父母に育てられていました。
そして4年前祖父が亡くなり、彼は32歳になる今まで84歳の祖母と二人暮しでした。
それが反対の理由でした。
「何も結婚してすぐに介護が目の前にあるような結婚をする事はない」と。
結婚を申し込みにきた彼と彼の祖母ににもそう言い放ったんです。
その2日後でした。
彼の祖母が置手紙を残していなくなりました。
仕事から帰った彼からの電話で、私達は必死で探しました。
探して探して探して
空が明るくなりかけた頃、彼の祖父の眠るお墓の前に座りこんでいる祖母を見つけました。
歳も歳だったので衰弱し、そのまま即入院になりました。
その事がきっかけで、私の両親も私達の結婚を許してくれ
結婚式はせず、すぐに籍だけをいれました。
もう10年近く前の話です。
祖母は入院後1ヶ月ほどで亡くなりました。
その時の手紙です。



28 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日: 2010/03/05(金) 21:32:10.50 ID:mgelUf660
●●へ(彼の名前)

ばあちゃんは本当に貴方がかわいかった。
貴方のお父さんとお母さんが死んだ時
私のこの先の人生は貴方の為に使っていこうと心に誓いました。
ばあちゃんは年であるしお金もない
何も何も持ってはおりません。
貴方への愛情だけです。
そして貴方はばあちゃんの事をとてもとても大切にしてくれた
とてもとても良い子に育ってくれました
そして人生の伴侶となるべき相手を見付けました。
でもばあちゃんがそれをじゃましているんだね。
幸せになってください。
ばあちゃんは貴方を育てる事が出来た事がとてもうれしいです。
とてもとても幸せでした。
妙子ちゃん(私)と、どうかどうか幸せになってください。
喪男のまとめ切れない事。 (via merrysun) (via realemotionaltrashbox) (via reddam) (via ricochet-) (via cuica) (via tomine) (via reservoir) (via mnak) (via ipodstyle) (via yaruo)
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うちのボケじいさんは、京大出身
しかし今では飯の回数すら数えられないほどのボケ老人。

どんな大学出たって、ボケる時はボケる。


で、最近はばあさんに向かって「毎日ご苦労様です。ありがとうございます」とお礼ばかり言ってる。

そんな状態が1年半くらい続いて、半月くらい前に

「こんなに親身になってくれる方はなかなかいらっしゃらない」
「貴方は素晴らしいお方だ。もし独り身なら、ぜひ結婚して欲しい」と言ってプロポーズしてた。


ばあさんが号泣して、おふくろが尾頭付きの鯛で2回目の結婚式と言ってお祝いしてた。
theshipthatflew:

The Toilet - Aubrey Beardsley, 1895-96 via cavetocanvas

theshipthatflew:

The Toilet - Aubrey Beardsley, 1895-96 via cavetocanvas

例えば、自衛隊をテーマにしたとしたら「あなたはどう思いますか?」と訊くのと「国はどうするるべきだと思いますか?」と訊くのとでは、返ってくる答えが全然違うんです。「国は……?」のほうが断然答えやすい。それは、遠慮なく批評や批判ができるからです。「国は自衛隊を持つべきだ」「いやそうでない、なぜなら……」と持論を展開できて、格好いい意見もいっぱい来ます。自分でない誰かが主語になると、人は思い浮かんだことをすらすらと言うことができるんですね。
 しかし、「あなたは……?」という風に投げかけると、バシッと明快に答える人は少なくなります。一挙に曖昧な答えが多くなる。「国が自衛隊ではなく軍隊を持ったら、あなたは軍に入りますか?」というような「あなたは」を問う設問には、歯切れの悪い答えがたくさん集まってくる。
 私はこの「歯切れの悪さ」がとても好きでした。「好き」と言うと語弊があるかもしれませんが、人が自分に向き合っている嘘のない姿を見ることができるようで、「いいなあ、最高だなあ」と思うんですね。人間の本音は、歯切れの悪いこと、白か黒かで答えられないことの中にしかない。堂々と、理路整然と、スパッと言い切ることができる考えや意見というのは、だいたいにおいて他人からの借り物や受け売りだったり、生活の実感とは遠いところにあるんですね。どんな問題でも「『誰か』ではなく、『自分』だったら?」と己に向かって問いかけてみると、必ず自分の中にある矛盾とか、奥底に沈んでいる嫌な部分にぶつかってしまう。直視したくないもの、しかも自分のそれを見るのは決して気持ちのいいことではありませんが、本音というのは「心地良くない作業」をしないと絶対に自分の中から発掘されないものなんです。
活字中毒R。 (via gkojax)
Tumblr研究書「ボーナス・タンブラリティ」の序文はこのように語っている。

 あなたがDashboardから得るものは殆ど何もない。notesに置き換えられたプライドだけだ。
失うものは実にいっぱいある。歴代大統領の銅像が全部建てられるくらいの銅貨と、取り返すことのできぬ貴重な時間だ。
 あなたがDashboardの前で孤独な消耗をつづけているあいだに、ある者はプルーストを読み続けているかもしれない。
またある者はドライブ・イン・シアターでガール・フレンドと『勇気ある追跡』を眺めながらヘビー・ペッティングに励んでいるかもしれない。
そして彼らは時代を洞察する作家となり、あるいは幸せな夫婦となるかもしれない。
 しかし、Dashboardはあなたを何処にも連れて行きはしない。リブログのページを増やすだけだ。リブログ、リブログ、リブログ……、
まるでDashboardそのもがある永劫性を目指しているようにさえ思えてくる。
 永劫性については我々は多くを知らぬ。しかしその影を推し測ることはできる。
 リブログの目的は自己表現にあるのではなく、自己変革にある。エゴの拡大にではなく、縮小にある。分析にではなく、包括にある。
もしあなたが自己表現やエゴの拡大や分析を目指せば、あなたは反則ランプによって容赦なきアカウント停止を受けるだろう。

HAVE A NICE REBLOG !

使い方がまだわからないなー